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2011年6月24日

U23 Vancouver Office Test Open

お待たせしました。けんすけです。



本日より待望のU23 Vancouver試験オープンです。東京、トロント、バンクーバー3都市に直営オフィスがある100%日本人経営の現地留学センターは唯一U23のみとなります。



バンクーバーオフィスは、東京オフィスと同じSOHOで、未来の会社のスタイルを提案します。小さなオフィスではありますが、"Change the Future"を合い言葉に、世界を変えるためには、まず身近な人から一人ずつ変えていきます。バンクーバーでもU23らしく、留学生、ホストファミリー、サポートファミリーのみなさんにサプライズとハッピーを届けていければと思います。



新しいオフィスの様子は、Facebookのファンページtwitterでちょこちょこ写真

をアップしてるのでそちらもご覧ください。



住所や電話番号かしこまったプレスリリースは公式WEBで。



今日のBlogでは、バンクーバーオフィスオープンを応援してくれたみなさんに感謝の気持ちを伝えたいと思います。



まずは、バンクーバーにオフィスをオープンすることを思い立たせるリクエストをいただいた留学生やパートナーのみなさん。長らくお待たせしましたがついに実現しました。みなさんのこの声がなければ、これだけ留学センターが豊富にあるバンクーバーにオフィスをオープンすることはなかったかもしれません。



バンクーバーオフィスオープンとバンクーバー版迷わない地図&ガイドブック発行という、U23史上最大のインターンシップに挑戦中のあみ、新加入のはるか。この調子で引き続きよろしく。



次に、「東京とトロントは私たちで守るので、けんすけさんはバンクーバープロジェクトに集中してください。」と頼もしい宣言を実践してくれているU23スタッフのみんな。みんなのおかげで、安心してバンクーバープロジェクトに全力を注げています。今日からまた新しい歴史をいっしょに作ろう。惜しくも現地で立ち上げプロジェクトに参加できなかったスタッフもいるけど、これから生徒さんが増えたらバンクーバーに来る機会はいくらでもあります。



それから、U23の仕事を理解して応援してくれているU23スタッフの家族のみなさま。家族の理解と支えがあるからこそ、U23スタッフは安心して全力を注ぎ、輝くことができます。U23と言うもう一つのファミリーで活躍し成長する彼女たちを誇りに思っていただければ幸いです。



そして、バンクーバーにはいつ来るんだと、アドバイスをいただいたり、直接・間接的に支援をいただいたパートナーのみなさん、ありがとうございます。これから、もっとバンクーバーの魅力を日本にいる留学生に伝えていくので、これからもよろしくお願いします。



けんすけのバンクーバーライフのスタートダッシュを23倍加速させてくれる現地の友達にも感謝です。いつも日本から応援してくれている友達は本当に心の支えです。連絡無精癖は治らないけど、あなたのことも忘れてないから心配しないでください。みんなぜひ新しいオフィスに遊びに来てください。



最後に、自由奔放な人生を温かく見守ってくれている父と母に感謝します。



IMG_0676


2011年5月8日

被災地訪問レポートvol.2

こんにちは。けんすけです。



先日話した、避難所の方の紹介で、未だに電気も水道もガスも通っていない小さな孤立した避難所にも支援物資を届けてきた。避難所リストにも登録されていないし、この道を進んでも大丈夫なのか!?と言うような道を通っていかなければならず、看板すら立ってないので、紹介してもらわなければ行かなかった避難所だ。たまたま物資の配給を行っている地元の組織されたボランティア団体の方と話す機会があったのだが、その人たちですら、そこが避難所になっていることは知らなかった。この避難所のように行政の手が回らない小さな避難所や個人宅がまだまだある。行政もほったらかしで、報道もこんな孤立した小さな避難所までは来ない。そういう所は、小さな団体や個人でも力になれるので、ぜひボランティアを考えている方は支えてあげてほしい。この避難所の方から届けてほしいと言われたメッセージでもある。もし、そんな孤立した人たちがいれば、U23に知らせてくれたらU23でも少しは支援できるかもしれないし、避難所リストに載せたり、大きな支援団体に知らせるだけでも状況は一変する。



被災地でいろんな方に会ってお話をする機会があったが、辛いことを思い出させたくないし、訪れる人に何百回と聞かれているだろうことはなるべく聞かないようにしてきた。しかし、この避難所には訪れる人も少なくU23の支援活動も説明していると和んで来たので、適切な支援を続けるためにも少し突っ込んで話も聞いてみた。こうやって支援に来てくれる方や、支援いただける方のお気持ちが本当に温かくて嬉しいと涙ながらに話してくれた。この避難所は旅館で、一日も早く生活を元に戻し、営業を再開しようとがんばっている。自慢のひまわり畑の写真も見せてもらった。絵に描いたようなひまわり畑で、いつかあの光景が戻る日を信じている。そして、心の支援が必要と訴えていた。ここはU23の得意分野なので、次のプロジェクトを計画中である。芸能人が来てくれると勇気づけられるとも言っていた。ぜひ我はと思う芸能人の方やご紹介いただける方がいたらお声をおかけいただきたい。



知らないボランティアに来ても受け入れを拒否されることは多いと聞く。特に東北はそういう文化が強いようだ。自分たちも紹介がなければ受け入れられてなかったかもしれないし、心を許してもらうのにもっと時間がかかったのは間違いなく、ここでもヒトのつながりを思い知らされた。



ボランティアの参考までに補足しておくと、このように現場で人を紹介してもらってすぐに関係を築くのは、カナダ仕込みのコミュニケーション力と行動力があるU23だからできることだと自他ともに認める点で、誰にでも推奨できるやり方ではない。こういうことができるようになるまでに、相当の経験と相応の情報収集をしている点をお忘れなく。



チャリティーグッズを販売しています。義援金にご協力お願いします。

http://www.u23.net/store/



2011年5月7日

被災地支援レポートvol.1

こんにちは。けんすけです。



U23の震災支援プロジェクトの一環として、GWにU23スタッフとサポーターの有志を選抜し被災地の南三陸町に行って来たので、その話を中心に活動状況を報告する。支援をしている方のご参考になれば幸いだ。



現地の悲惨な状況は他に譲るが、先進国日本で、2ヶ月近く経った今もなお、0歳の赤ん坊や子供が、水も電気もガスも通らず、ろくな食事を採ることもできない生活をしていることだけ伝えておく。もっとひどい環境の所もある。



震災以降、個人的にもU23でもいろいろな被災者と支援者の声を聞きながら支援している。つくづく、情報とコネクションがもの言うと思い知らされる。被災地も訪問し、震災直後から一連の支援を振返り、U23にできることは震災支援のHUBになることだと再認識できた。一人一人と向き合い、信頼できる情報とコネで、ヒトとヒトをつなげる。想いをアクションに変えれるように応援する。一人でも多くのボランティアを増やし、一人でも多くの被災者をハッピーにする。



被災者の中には助けが必要なのに、その声が届かない、またはその声を出すのをぐっと堪えている方がたくさんいる。支援をしたい気持ちはあるのに、支援の仕方がわからない、または、自分が支援をできることもわからず、支援をできずにいる人もたくさんいる。



どんな活動をしているか具体例を話そう。例えば、今回はこれから大きくなる避難所と20人以下の小さな避難所にミシンを6台を届けてきた。実は、この届けたミシンや布はU23で呼びかけ、日本中の支援者から集めたものだ。ミシンなんて必要なの?と思われた方がいるかもしれない。支援者にもそういう意見はあった。しかし、このミシンは現地の方からのリクエストで、届けた際にはいろんな支援物資が届くけど今までにミシンはなかったと今回一番喜ばれた支援物資だった。ちなみに、ミシンだけでは使い物にならないので糸や針は、みなさんからの義援金で購入させていただいた。



同様に、アイロンやドライヤーも全国から物資を提供いただき被災地に届けることができた。冷蔵庫や洗濯機、乾燥機などは運ぶのも大きくて大変なので、運んでいただけるボランティアも募り避難所に届けた。なお、現地のニーズは刻一刻と変わっているので、違う場所または明日ミシンを持って行っても喜ばれたかどうか分からない。大切なのは必要な時期・場所へを届けることだ。それから支援はまだまだ必要だということをお伝えし今日はこの辺にしておく。ボランティアははじめてで、何かしたいけど何をしたらよいかわからないという方がいたら気軽に相談していただきたい。



この避難所の方の紹介で、未だに電気も水道もガスも通っていない小さな孤立した避難所にも行ったので、次回はそのお話を。





��追伸



物資を避難所の方には、何度もお礼を言われ、温かいお礼のメールまでいただきました。ミシンを持って来たと伝えると、辛いはずなのに、子供のように跳んで「ミシンx2♪」喜ぶ顔と、こんなことぐらいしかできない自分の無力さに、涙を堪えるのにいっぱいでした。U23の支援に賛同し支援のご協力をいただいているすべての方に感謝します。

2011年4月8日

あれから10年

けんすけです。

震災から1ヶ月が過ぎようとした昨晩、悪夢を過らせる震災後最大の余震が昨晩あった。原発の不安も尽きないし、この先の生活の不安も募る。できることならば、地震が起きる前に時計の針を戻したいと誰もが思っている。でも過去を振り返っていても、未来は変わらない。それをみんなわかっている。日本というチームが一つになり復興を目指している。上を向きそれぞれの今できることを必死にがんばっている。



先日の日本代表チャリティーマッチでの、44歳になるカズの勇姿に日本中の人々の心が打たれた。八百長ではない本気の相手からゴールを奪いカズダンスを舞った。そこに復興の希望が見えた。



1998年、日本サッカーのキングとして君臨し、日本代表チームのエースとして史上初のW杯予選出場に導いたカズが、まさかの本大会代表メンバー落ちを喫した。その4年前には、このまま試合が終われば念願のW杯初出場というところまで辿り着きながら、試合終了残り17秒にゴールを奪われるドーハの悲劇があった。サッカーに人生の全てを注いで来た男が、夢を実現を目前にして一度ならず二度も砕かれたその絶望感は誰が想像できようか。それでもカズは下を向かなかった。あのゴールは”もっている”とか”偶然”とかではなく、自分を信じどんな絶望も乗り越え走り続けた必然のゴール。



1995年1月17日、阪神大震災があった。いつも見慣れた美しい神戸の景色が荒野になった。その神戸の街も不死鳥の如く蘇った。神戸の祖父母は奇跡的に命は助かったが家は半壊し、体育館での避難所生活から仮設住宅へ移り、そして市営住宅と転々とし続けた。東北で家を失われた方もそんな生活がこれから待っているのかもしれないと思うと、気安い言葉は言えないけど、それでも祖父母は支え合いながら幸せそうに生きていた。ゆっくりでも未来を変えようとしていた。



昨日たまたま新卒で入社した企業の本社の近くを通った。今年はじめて日本オフィスで新卒を採用したこともあり、あの頃を思い出したくなったのか、誘われるようにそこへいってみた。何年前だろうって考えたらちょうど10年前の今頃ここで入社式があったことに気づいた。



あの頃はいろんなことが大きくて難しそうに見えたけど、何でもできる気もしていた。今はあの頃よりもっと上手くできる気がする。やりたいことが多すぎて夢が両手からこぼれ落ちそうなときもあるけど、一人じゃないから。



振り向かず、急がず、立ち止まらず、そして未来を変えるんだ。





PS.

4月から元U23の生徒でもある新卒のめぐみと、同じく元生徒で5年前にインターンで迷わない地図v1.0を作ってくれたじゅんの二人を新入社員として迎えることになりました。It's time...新年の宣言通りU23新楽章の幕開けです。しばらくは東京オフィスでトレーニングを積み近い未来のU23を担うスタッフになってくれるでしょう。この先10年、あの時からU23の歴史が変わったと言われる日が来るはずです。

2011年3月16日

心の復興

けんすけです。



震災に対するお気遣いの言葉や取り組みに対する賛同の言葉ありがとうございます。みなさんの言葉にいつも励まされています。東京オフィスの余震は続き、先日も棚からものが落ちるぐらいの地震がありました。東北地方と比べたら首都圏の辛さなんて比べものにならないし、同情されたいわけではありませんが、計画停電、買い占め、原発の不安と首都圏でも”異常な”日々が続いていることを伝えておきます。被災地以外の国民の心も病んできています。心の復興が急務です。



わかっている方には釈迦に説法ですが、部下を持つ方ががこのブログを読んでいたら、部下のケアもしてあげてください。ピュアな人、まじめであればあるほど、被災者のことを心配するあまり眠れない夜が続き、精神も肉体もガタガタです。強い精神力が養われているリーダーも、さすがに堪えていると思うのでがんばりすぎてつぶれないように。というか、これは自分にいい聞かせたい。



先日東京オフィスに対面カウンセリングを希望される方がいらっしゃったのですが、万が一帰宅できなくなった場合のことも考え生徒様と相談した上でキャンセルとなりました。カウンセラーは、生徒のためなら休みの日でも出社するような、本当に生徒思いのカウンセラーでこんな事態でも生徒が望むなら私はやりますという心構えでした。しかし、冷静に目の前のことだけでなく先のトラブルを想定し、本気で生徒のことを考えたアドバイスをするのがカウンセラーの仕事だと話し合い今回の判断をしました。



交通網が回復するまでは、東京オフィスでは最低限のスタッフだけが出社し、通勤で疲労困憊になったりトラブルのリスクを背負うより、自宅でも十分仕事はできるので自宅勤務を実施しています。ITベンチャーであるU23はもともと自宅勤務制度がある会社なので、対面カウンセリングができないこと以外は短期間であれば大きな弊害はないはずです。



今できることは何かと先日ブログで綴り、いろんな人から私は何ができると相談もされますが、大きな視点では、復興のために日本経済を崩壊させないことです。そのための役割がそれぞれにあります。誰の言葉か忘れましたが、知恵がある人は知恵を、お金がある人はお金を、力がある人は力を、何もない人は元気を出せばいいのです。被災地の救出や救援物資はプロの方に委ね、元気な人はそれを支援するため義援金を集めましょう。力やお金がある人の心を動かす世論を作りましょう。元気な人は健やかに暮らし、過剰な自粛、買い占めやデマで混乱させないでください。関西で自粛しても被災者は救われません。九州で普通に暮らしていることを申し訳なく思う必要ありません。元気な地域で経済を活発に動かして義援金をおくることが支援になります。哀しみを力に変え元気を被災地に伝染させましょう。



留学生の反応も2極化されているようです。自分のことでいっぱいだったり、遠い世界で起きた他人事顔の人。善意を押し付ける気はありませんが被災者や自分の国についてもう少し考えてみてください。留学したら自分がどこの出身だろうと地震のあった日本人として見られます。逆に、被災地の方を思うあまり留学を自粛している方。それで被災地の方が本当に喜ぶのでしょうか。むしろ彼女達の分もあなたが留学をして、しっかり学んで日本を盛り上げましょう。日本が復興と立ち上がったとき、グローバル社会で中心になるのは留学を経験したあなたです。



こんな状況ですが、U23はカナダオフィスもあるので、できる限り留学の相談は通常どおり対応できるよう全力を尽くします。U23の地震に関する取り組みをまとめました。ご意見・ご提案あればお待ちしております。http://www.u23.net/earthquake/

2011年3月13日

東北地方太平洋沖地震、今できること

けんすけです。



2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震により最愛の方を失われた方々に哀悼の意を捧げるとともに、被災されたみなさまに心よりお見舞い申し上げます。



弊社の東京オフィスも地震によりダメージを受けましたが、幸いスタッフ及びスタッフの家族は全員無事です。スタッフ全員でオフィスで過ごし力を合わせて乗り越えています。世界中からたくさんのお心遣いのお言葉をいただきましたが、この場を借りてお礼申し上げます。。東京でも余震は続き不安な日々が続いていますが、東北地方ではもっと不安な時間を今も過ごしています。これからは、このお気持ちは被災地の方へ捧げてください。弊社も日本企業として何ができるか見極めているところです。一人でも多くの命が救えるよう、そして復興に向けて、ともに頑張りましょう。



オフィスは週末中にスタッフ総力でほぼ復旧させました。東京オフィスが万が一の際もカナダにオフィスがあるのでご安心ください。震災当日出発の生徒様もいて飛行機が飛ばないなどトラブルはありましたが無事出発できました。渡航を控える留学生のみなさんも気が気でないと思いますが、落ち着いて行動しましましょう。そして、被災者のことを思いやり、自分たちが何をできるのか一緒に考えましょう。



震災直後から、U23としては何ができるか、何をするべきかずっと考えています。善意とお節介は紙一重で、考えれば考えるほど難しくなります。例えば、救援物資にしても、個人の判断で数本のペットボトルを送っても、郵送の仕事を増やし、倉庫を埋め、配布スタッフの労力を奪い、本当に速く届けたい救援物資の到着をおくらせる羽目になります。十分な水はあり、必要なのは缶詰やブランケットかもしれません。あるいは、どこで救援物資が手に入るかという情報提供かもしれません。



信憑性のない情報を流すことは大きな迷惑です。僕も誤情報を広げないように気をつけています。twitterしかり、ネットの情報は一番早く有用ですが、それを見誤るとリスクもあります。テレビの報道は混乱を避けるためや大人の事情でコントロールされているのでそれを前提で見なければいけません。被災直後は、正しい情報の整理、その情報を伝える手段を整えることが大切だと思います。

心配な気持ちを伝えるメッセージは被災者の心を支えるけど、長電話で通信網を無駄遣いしたりコピペの非公式リツイートは必要な情報を伝えるチャンスを奪います。被災地から命に関わる電話をかけようとしていることを気にしてください。



節電や電話の利用を控えることは今できることです。泣いているだけでは被災地は救われません。被災地以外の人が、被災地の人を思うあまり病になっても誰もハッピーでないし、それどころか被災者のための医者を奪ってしまいます。強くなり、その涙は心で流し、日本の経済を止めないために、被災者の分も自分たちが働くことも今やるべきことです。



過去の震災の例から、現場で何が必要なのか確認し、団結してタイムリーな支援をするのが効果的です。震災直後は、個人的には、留学とITに携わるものとして外国人留学生に役立つ情報提供をしてきました。自分でそういった情報を集めれない人には役立てていただいたようですが、そのような組織も普及し情報が整備されてきたので支援は次の段階にきていると考えます。現場のマンパワーと義捐金です。零細企業にサントリーや日清のようなことはできませんが、できることはやりたい。アイデアがあればご提案ください。



僕もスタッフも神戸出身の何人かは阪神・淡路大震災を体験しています。悪夢から不死鳥の如く蘇えった様までを見てきました。ある貧困の国を旅している時に言われた言葉ですが、最悪と思うことが事態は最悪にします。すぐ簡単にできることではないと思いますが、前を見て希望の言葉を唱えましょう。過去は変えれないけど、未来は変えれます。Change the future.